『君たちはどう生きるか』所感

 熱烈なジブリファンということもないので(まともに主要な作品を鑑賞したのは大人になってからだ)、そのつもりもなかったのだが、公開日の夜22時頃に妻が渋谷のライブから帰ってくるのと入れ違いでレイトショーに自転車を走らせることになった。思い立ったら観にいくほうがよかろうということで、なんだか今年はこのパターンが多く、好きなものは全部初日に観ている気がする。
 いつ頃から具体的な話をしていいものかよくわからないのだが、そうこうするうちにツイッターなどでは外部の伏せ字サービスを使っていかにいいことを言うかという合戦が始まる予感があって(もうやっているのだろうが)、あれが好きではないので、こういう自分のスペースで書き留めておくに限る。もう映画の感想でいいことを言おうとするのは疲れた。
 とても贅沢な作品だったと思う。それは別に絵が贅沢であるとか、声の出演が豪華であるとか、いろいろな面で言えるのだけれど、なによりぼくはあの、ひと晩のうちに見る夢のような断片的なイメージが次から次へとスクリーンにいっぱいに描かれている感じが贅沢だと感じる。それぞれにまだ大きな物語が用意されてはいない、アイデアの段階にあるような思いつきのヴィジュアルが詰め込まれているような印象で、「不思議の国のアリス」っぽさがあるように思った。タイトルの引用元である古典も、そのコミカライズにも一切目を通していないし、物語的にはかなりベースになっているらしい「失われたものたちの本」も読んではいないのだが、すごく由緒正しい児童文学の雰囲気ではないかと思う。それもイギリスの児童文学だ。
 キャラクター的なことで言えば、今回はあの老婆たちがなかなか気に入っている(全員奉公人なのか?)。最初に主人公の視界に入ってきたときは得体の知れない生き物に見えるという演出もよかったし(「未来少年コナン」でコナンがのちに親友となるジムシーと初めて出会うシーンを思い出した。初めて画面に現れるジムシーの顔がやけに野生的できつめに描かれているあれだ)、不気味さと怖さとかわいさとおもろしさがまんべんなく一緒になっている感じがすごい。『千と千尋の神隠し』くらいから顕著になっていた「キモおもろい」というやつの集大成な気がする。人数的に「7人のこびと」なところもいい(ちゃんと眼鏡のひとと不機嫌なひとがひとりずついる)。
 あとおもしろかったのは、空襲のシーンで人々の輪郭が熱気で揺らいでいたところだろうか。アニメーションならではの表現だと思った。シーンとしては、お父さんの工場から運ばれてきたとある部品の見せ方がまた上品である。なにを作っているのかひと目でわかるし、あまり多くを語らないところがいい。どんな目的で造られたなんの部品なのか、それが待ち受けている運命についていくら知識があろうとも、主人公と同じく「美しい」と漏らしてしまうであろう場面だ。
 ぼくの好みは「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」、「魔女の宅急便」あたりだなと前から思っていて(20世紀初頭の空想科学誌の表紙に描かれているような、リベットをたくさん打った流線型のメカへの愛に共感する)、それで言えば今作はその系統とは違うのだが(というより過去作のどれにも同類がないところが大きいな特徴ではないかと思う)、それでもなんだかもう一度くらいは観にいってみたくなる不思議な感じがあったと思う。行くかな、どうかな。
 レイトショーが終わるともう日付が変わって2時間近く経とうとしていたのだが、自転車で来た道を引き返せばいいだけのところを、どうしてだか道に迷ってしまい、こげどもこげども一向に方向がつかめずに弱った。結局、新聞屋さんが走り回り、空がうっすら青みを帯びてきた頃、ようやく家に辿り着いたのだった。