消滅銃の罠

 船内をひと通り調べ終わったゼルが、首の後ろを手でさすりながら食堂兼調理場に戻ってきた。私はテーブルの上に並べられているまだ熱のある食事から目を離し、そちらを向いたが、相手の表情から状況は大して変わっていないことを読んだ。
「だめだ、乗員はひとり残らず消えたようだ」
 ゼルはそう告げた。「脱出ポッドは残っているし、船外活動用の宇宙服も全てラックにかかっていた。ひとつしかないエアロックも俺たちがドッキングするまでちゃんと閉まったまま。外に出たということは、まずないだろうな」
「転送装置はどうだ」
 私は思いついた先から口にしたが、自分でもその線は薄いことがわかっていた。
「この船には転送装置は積まれていない。船の大きさから考えても、一度に複数人を転送できるタイプの装置は無理だろうな」
 船内コンピュータの名簿によれば乗員は全部で十四名。やはり全員が忽然と姿を消したとしか言いようがなく、残された貨物船は無人のまま宇宙空間を漂流していたことになる。
 ログは一時間置きに自動的につけられており、最後の記録は標準時間で四十分前である。その内容は至って平穏なもので何事もなかった。それから私たちの乗るパトロール船が近くを通るまでの間に、船は無人となったのである。私たちが見つけたとき、船のエンジンスラスターは光を発しておらず、一切の動力を切った状態で宇宙空間を漂っていた。
 多くの宇宙船がそうであるように、この船も調理と配膳は全自動で行われており、加熱するだけで出来上がる食事が、決められた時刻に全員分用意され、テーブルに並べられるように出来ている。そういうわけだから、まだ温かい料理がひとりでに用意されていること自体は別に不思議ではない。遠い昔、地球の海上で発見された無人漂流船で同じことが起きていれば不気味だったかもしれないが、私たちはその点を不審には思っていない。このまま食べる者がひとりも現れなければ、一定の時間が過ぎた後、手つかずの料理が自動的に廃棄されてしまうだけだ。
 だが、私とゼルが調べた限り、他の船室の様子には首をかしげざるを得ない。いくら人類がまだ地球上を這っていた頃の帆船に比べてさまざまな機能が増えたとは言え、飲みかけのコーヒーをそのまま置いておいたりする機能はないだろう。もちろんまだ湯気ののぼるコーヒーである。そのほか、ベッドの上に開いたままにされた雑誌、つけっぱなしになっているテレビなどはまあ、自動システムにもできなくはなさそうだが、そう説明することがだんだん不自然に思えてくる。
 つい先ほどまで乗員がいたと言ったほうが自然な状況なのである。捨てられ、しばらくの間漂流していたのではなく、つい先ほど乗員が消えてしまったと言ったほうが。
「だが船外に出た形跡がないとなれば、やはり船内のどこかにいるということになる」
 私はくたびれてきて食堂の椅子に腰掛けた。目の前にはミートローフが置かれている。私はほどよく空腹を覚えていたが、この不気味な状況のためさすがに手をつける気にはならない。
「探しても見つからないのは、見つからないように隠れているからでは?」
 ゼルが言った。
「跡形もなく消えるというのが現実的でない以上、その線が残るな」
 私は胸の前で腕を組んだ。「でもなんのためにそんなことする?」
「海賊の襲撃にでも遭ったのかもしれない。それで、やり過ごすために隠れた」
「だが、それなら積荷が荒らされているはずだ。さっき見てきたじゃないか、コンテナは綺麗に並んでいたろ。まあ奥の方までは見てないが。それにその説では飲みかけのコーヒーやら吸いさしの煙草が残っているのがやはり変だ。海賊がやってきて、乗員が隠れ、用を済ませた海賊が立ち去るという流れで考えれば、あの火星煙草が火が点いたままでまだ半分も減ってないなかったのはおかしいだろう」
「じゃ、なにか別の理由があって咄嗟に隠れたのかも。いずれにせよ船をスキャンしないことにはなんとも言えないな。俺たちふたりじゃ隅々まで調べるのは無理だ。本部には報告してあるから、応援とスキャニング・クルーが来るまで待つしかない」
 咄嗟に隠れた、というゼルの言葉が私にはひっかかった。
「もしかして、私たちから隠れているんじゃ?」
 ゼルが目を見開いて私を指差した。
「最初にそれに気が付くべきだったな!」
「乗り込む前に交信にも応じなかったが、あの時点で大急ぎで隠れたのかもしれない」
 綺麗に誰一人いないという異様な雰囲気のために気が付かなかったが、案外ことは単純かもしれなかった。
「やましいことがあるから俺たちから隠れたんだな」
 ゼルは言いながら自分でうんうん頷いた。「こいつは密輸船なんだ」
「ただ」
 私も納得しかかったが、まだ気になるところはある。「人数を考えれば、別に隠れることはないと思うがね。全員でかかれば私たちなど敵ではないだろう。それに、あんなふうにエンジンを停めて浮かんでるよりは、さっさとフルスピードで逃げた方がよさそうじゃないか」
「できるだけ穏便に済ませたいタイプなのかも」
 ゼルが言った。「俺たちが一通り船の中を調べて、一旦自分たちの船に戻るかしている隙をついて逃げ出す気なのかも」
「そいつは厳しいと思うぞ。この種の船は一度エンジンを切ったらもう一度動かすのに多少の時間がかかる。それに、結局逃げ出すなら最初から逃げるのと変わらないじゃないか。むしろもうこの船は俺たちの船がドッキングしてしまっているんだ。無理に離脱しようとすればエアロックに負荷がかかって、自分たちの船のためにはならないだろう」
 考えれば考えるほど謎だ。私は先ほどよりもくたびれてきた。空腹感もだんだん強くなってきており、目の前のミートローフに対して前ほど抵抗がなくなってきていた。
「つまんだらまずいかな」
 そう言う私をゼルは眉をひそめる。
「全て証拠物件になる。触らないほうがいい」
「でも、このままじゃ冷たくなるだけだ。それに、食事の時間が終わってしまえばこいつは片付けられて、そのまま捨てられちゃうんだから、証拠として確保はできないよ」
「それでも、得体の知れない船の中でなにか食べようとは思わんな、俺なら」
 そう言われると私の中でも再び抵抗が働いてきた。私は少しでも気を紛らわすため、手の届くところに置かれているミートローフの皿を全てできるだけ自分から遠ざけた。こうなったらさっさとロボットアームにこれらを捨ててもらいたいところだ。
 そういう大して意味のなさそうな動作をしてから、ふと顔を上げると、食堂の壁に不思議な影のようなものを見た気がした。よく見るとそれは染みのようだった。なんとなく人の形をしているようにも見える。だから影だと思ったのかもしれない。
 すると、私の中に恐ろしい考えが浮かんできた。
「暴動や殺人が起きたとは考えられないか?」
 私の言葉に、ゼルがぎょっとする。
「考えられはするが、船内コンピュータが非常事態を記録するはずだ」
「ログが改竄されたんだ。大した作業ではないよ」
「暴動ったって、なんのために」
「船長への不満か、あるいは船員同士のいざこざとか。古くからあるやつだよ。それに突発的な殺人はどうだ。ある船員がカチンときて、ひとりをやってしまう。露見が怖くなって残りの十三人も始末してしまった」
「で、最後に残ったそいつはどこいったんだ」
「十三人も手にかけたわけだからな、良心の呵責に耐えかねて、十三体の死体とともにエアロックの外に飛び出した」
 私がそこまで言うと、ゼルの顔つきが厳しくなった。
「エアロックが開いた形跡はなかったはずだぞ。だいたい、それならもう少し争った形跡があるはずだ。十三人もの人間を殺めるのも容易なことではないだろう。よほど全員を憎んでもいなければ無理だ」
「よほど全員を憎んでいたのかもしれないぞ」
 私は言い返した。それほど自説にこだわりがあるわけでもないが、応酬が楽しくなってきたところもある。「それに、死体の始末はなにもエアロックを開ける以外にもやりようはある。細かく切り刻んでトイレから流したんだ」
「真面目に言ってるのか?いや、しかしな……なにが起こったにせよあまりにも全てが整然とし過ぎてるじゃないか。もう少し物が壊れていたり……」
 ゼルがそこまで言いかけたところで、私はまた、先ほどの壁の染みに目をやった。思い切ってゼルにそれを示してみる。
「あの壁のあれ、なんだと思う?」
 私に言われてゼルがその方向を見やる。
「染みか。それが?」
「ときに」
 私は言う。「レーザーをどのくらい撃ち込めば相手を焼き尽くせると思う?」
「なに?」
「お前が持ってるその銃でさ、しこたま撃って相手を灰にできると思うか?」
 私の言葉を聞いて、ゼルは自然な動作でホルスターに手を当てる。
「出力をいっぱいにしてもなかなか難しいだろうな。すぐにエネルギー切れになっちまうよ。中途半端に焼けた肉塊が残るだけだろう」
「だがとんでもなく強力な銃だとしたらどうだ。火炎放射銃でもいい」
 私はふざけていないということを伝えるため、できるだけ真剣な表情で言った。ゼルの顔からも笑みが完全に消え去っていく。
「まさかお前、この壁の染みがその跡だとでも言う気じゃないだろうな」
「もちろん火炎放射じゃもっとあたり一面真っ黒になるだろうし、さすがに跡形もなく相手を消し去るのは無理だ」
 私は立ち上がって壁に歩み寄る。やはり近くで見れば見るほどそれが人型に見える。
 人影だ。
「消滅銃ってのを聞いたことは?」
 私が尋ねると、ゼルは怯えたような顔をする。
「……そりゃあるけどよ、実在するのか?」
「消滅銃は太陽系全域で禁止になっているが、最後に残ったわずかな数が未だに暗黒街で出回ってるって話だ。もちろん使うやつはそうそういないから、力の象徴としてあっちの組織からこっちの組織へ、という風にまわってるだけらしいがね」
 私は壁を間近で観察する。万一のことを考えて手では触れない。「撃たれた者は原子レベルに分解され、その影を周囲に焼き付けて消えてしまう。他に一切痕跡は残らない。この状況にぴったりだ」
「一体なんだってそんな物騒なものがこんな船にあるんだよ」
「そこでお前の密輸船説に繋がるんだよ」
「なるほど!」
 ゼルは両手を叩いた。「誰かが積荷の中身を知って、それをこっそり手に取ったわけか」
「経緯はどうであれ、可能性はある。消滅銃が噂通りのものなら、ほとんどなんの抵抗も受けずに相手を消し去れるし、効率よくやれば短時間で13人くらいはすぐに消せるだろう」
 そうなれば確かめなければならないことがある。「さっき見てまわった船室の壁かなんかに、これと同じような染みがないか調べる必要がある」
 案の定、部屋や通路、操縦室等に、合わせて5つの染みを発見した。食堂にあったものほど人型に近いわけではなかったが、残りもおそらくどこかにあるのだろう。私たちはあえて全てを見つけ出すことはやめておいた。船内を隈なく探せば、どこかに隠れている犯人と鉢合わせする恐れがあったからだ。そして、そいつの手には恐ろしい消滅銃が握られているはずだ。
 別に拠点を置いたつもりはないが、なんとなく食堂に戻ってきて、私たちは再び額を寄せ合った。ゼルはとても顔色が悪かったが、私の方も似たような感じだろう。だが同時にふたりとも興奮してもいた。
「ほとんど決まりだな」
 ゼルは言った。「きっとそいつは貨物室の奥かどこかに隠れてるんだ。隙を見て捕まえられないかな」
「なに言ってるんだ!」
 私は声をひそめる。「やつは消滅銃を持ってるんだぞ。今こうしている間にもここまで上がってこようとしてるかもしれん」
「だからこそ待ってるだけではだめだ。この状況を利用して先手を打つほかない」
「少なくとも応援を待った方がいい。俺たちだけでなにができる?」
「応援が来たところで装備は俺たちと変わらないじゃないか。だいたい、いつまでも待ってられないぞ。仲間が到着するのが先が、レーザーマンがその気になってここに来るのが先か」
 ゼルの指摘ももっともであった。
「だったらどうするんだ?」
 確かに私たちの推測通りなら、ここにいては危険である。自分たちの船に戻っても大して状況は変わらないように思えた。いっそドッキングを解除して距離を取ってしまったほうがいいかもしれない。と、そこで考えが浮かんだ。
「そうだ、やつを誘き出してエアロックから放り出してしまおう」
 そう言うとゼルは怪訝な顔をした。
「それじゃ生け捕りにできないぞ。ここから逃げ出すのと変わらん」
「手柄にはなるさ。それに持ち主がくたばっても、消滅銃は残る。宇宙空間に流れ出たら回収すればいい」
 私は言いながら自分でも納得した。その線がいい。「そいつを当局に渡せば昇進間違いなしだ」
「いや、売ってしまった方が金になるかもしれん。どっちにしろ俺はそんな物騒なもの触りたくもないや」
「じゃ、決まりだな」
 私は言う。「こっちがふたりしかいなくて、ろくな武装もしていないことを相手に知らせて誘き出し、エアロックに誘い込む」
「でもこの船のエアロックは塞がってるぜ」
「我々の船の反対側の方のを使うんだよ。応援が来たときにもそこに着ける手筈だが、まだしばらくは猶予がある。もし先に応援が来たなら、それならそれでもいいじゃないか」
「よおし、やろう。さっきも言ったように怪しいのは貨物室だ。あそこをうろついて俺たちがいることをアピールし」
 非常に乗ってきたところだったが、彼は最後まで言い終わらないうちに足元から崩れ落ちた。私には一瞬、ゼルが消滅銃で消されたのかと思ったが、彼はそのまま床に倒れていた。
 ゼルが倒れることで、その背後に誰かが立っていたのが見えたが、思考が状況に追いつく前に、私の後頭部にも衝撃が走った。

「こんなマヌケな連中がこの宙域のパロトールだなんて、もっと前から知ってたらこの辺で暴れてたのにね」
 哀れな制服姿の二人組が床に伸びているのを、三人の人間が見下ろしており、そのうちのひとりが言った。彼女はパトロールの片割れを気絶させるのに使ったスタンロッドを手で弄んでいる。
「でも案外真相に近づいてたじゃないか」
 と、もうひとり。彼もまたスタンロッドを持っており、もうひとりのパトロールを背後から殴りつけたのだった。「俺たちが自分から隠れてるなんていうのは、その通りだったわけだし」
「密輸団ではないがな」
 残るもうひとりの男が言った。「この船自体が海賊船だとは、夢にも思わなかったろう」
「でも壁の染みは笑えたな。あんなの怖がらせるために適当に吹き付けておいただけなのに、消滅銃だなんて」
 男は笑った。「そんなものがあるわけないじゃんな」
 海賊船を称した男が、笑っているスタンロッドの男をじろりと見る。男の顔から笑みが消える。
「あるの?」
 相手はそれには答えず、床で伸びてる二人組を顎でしゃくった。
「縛り上げろ」
 それが終わると三人は食堂から出て、パトロール船とドッキングしているエアロックに向かう。エアロックの手前には、先ほどまで海賊たちが身を潜めていた秘密の収納スペースへの入り口があるが、閉ざされた状態では周りの壁面と区別はつかず、標準的な仕様ではないから初めて船内に入ってきた者にその存在が悟られる恐れはまずない。彼らは部外者たちがそこを通り過ぎて自分たちの船の中へと入った後で、外に着けられた船の方に逆に忍びこむことができるのである。
「それにしたって船長」
 海賊の女が言った。「こんな大仕掛けをしておいて、手に入る船がちとしょぼすぎやしない?」
「パトロール船もそれなりの値段で買うやつがいる。それにこのやり方なら俺たちはほとんど武器を使う必要がないんだぞ。スマートなやり方だ」
「毎度場所は変えてるから、船を覚えられる心配は当面ないしな」
 船長でない方の男がスタンロッドを叩きながら言う。「でもそのうち幽霊船の噂くらいは流れるかも」
「俺だっていつまでも通用する手とは思っていないさ。だがしばらくは使える」
 船長が言いながらエアロックの手前の扉を開け、三人は外部から接続されたチューブの中を通り、パトロール船の中へと足を踏み入れた。
 すると、そこでは制服姿の人間が数人、銃を手に待ち構えていたのだった。