幽霊の寝息

少し前に、この時期お決まりな感じでラジオに稲川淳二が出ていてしゃべっていたのだが、雑談でさえもなんだか不安になる語り口なのがすごいのだが、どうしたって話題は怪談に絡んでいくことになり、公演でスライドによって見せているという心霊写真の話になった。毎回どの心霊写真を見せるかを部屋で決めているのだが、いつもとある写真(それがまた強烈なやつらしいのだが)を見ているところで部屋の外、階段を上がってくる足音が聞こえてくるというのだ。最初は家の人が上がってきて、部屋の前で思い直して引き返していったのかと思ったらしい。ところがあとで聞いてみても部屋の方には行っていないという。翌年、再びスライド用の心霊写真を選んでいると、やはり前年も眺めていた写真を手にとったところで、またしても階段を上がってくる音がする……という、ぼくの拙い文章では全然わからないと思うがシンプルながらにとても不安になる話である。それで、その話を聞いていて怖い怖いと思っていたら、ぼくの耳にも耳慣れない音が聞こえてくるではないか。
ぼくの部屋はマンションの表の通路に面しているので、我が家より奥にある部屋の住人が通ったり、宅配業者やヤクルトレディが出入りする物音は大変よく聞こえてくる。以前などほかの部屋(あるいは全く別の民家)からやってきた猫が来て鳴いていることもあった。そういうわけで通路の方で音がするのは別に珍しいことではない。ところがそのときは外にひとの気配もないし、なにより問題の音は壁や窓一枚隔たところから聞こえてきているというより、もっと近いところ、なんなら部屋の内側で聞こえているというくらい明瞭ではっきりしていたのだ。どんな音かと言えば、「うう……うう……」といううめき声にも似た声なのである。ラジオの話題に呼応するかのようにぴったりで、かえって可笑しいくらいなのだが、ああ、とうとうぼくにも聞こえるようになってしまったか、学生時代に本当かどうか怪しい心霊体験を飲み会の席で披露して注目を浴びていたやつらの仲間入りか、などと考えたのだが、ふと足元を見ると犬が寝ている。ゆっくり上下するぽんぽこりんのお腹。それに合わせて、あの「うう……うう……」がそいつの鼻先から聞こえてくる。幽霊の正体見たり犬のいびきだったとさ。