「SPUR」2020年11月号

 

「SPUR」2020年11月号(集英社)
イラスト映画レビュー「銀幕リポート」第56回
『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』

サンフランシスコで生まれ育ったジミーは、かつて家族とともに暮らした家を取り戻したい。しかし、子ども時代の記憶が染み付いたルーツとも呼ぶべきその家が建っている地域は、いまや土地の開発によって彼のような男には全く手が届かないご大層なエリアになっていた。高級化された地元から追い出されてしまった彼は、それでも生家にこだわり、家を取り戻しさえすればバラバラになった家族もひとつになれると信じ、親友とともに今日もこっそり赤の他人が暮らす「実家」の様子を見に行くが……。都会ではよくありそうな話を、詩情的に語り、音楽やカットもかっこいい。地元民なのに場違いとされてしまうことの理不尽さが歯痒い。突然空き家になった実家に勝手に荷物を運び込み、住み着くことにするのだが、近所のひとからは「なんであんなやつが?」と疑問を抱かれる。なんでもなにも、昔はジミーの一家が暮らしていた地域なのである。このご近所さんは結構なおじいさんだが、その口ぶりから住み着いたのはそれよりもずっとあと、地域がすっかり高級化してからなのだろう。もちろん先にいたとか元から住んでいたとかそういうナンセンスなところに、ジミーはおそらくこだわっていない。彼は今の住人たちになんら怒りや不満を見せたりなんかは全然しない。彼はただ思い出そのものである家を取り戻したいなのだ。

終盤、ジミーがバスで揺られていると後ろの席で誰かがサンフランシスコの街の悪口を言っているのが聞こえてくる。振り向くと座っているのはソーラ・バーチ。はじめはわからなかったが、『ゴーストワールド』の眼鏡のひとだ。赤く染めた髪に黒い革ジャン。監督が『ゴーストワールド』のファンで声がかかったそうなのだが、この役柄はほとんど大人になったイーニドだと思って差し支えないだろう(調べて出てきたインタビューによれば本人もそんなつもりで演じたらしい)。大人になったイーニドなら、ふてくされた顔でバスに乗り、自分の住む街の悪口を言ってそうである(『ゴーストワールド』はロサンゼルス近郊の話だったので、地元からそんなに遠くには行かず、冒険が中途半端に止まってしまったことも不満なのかもしれない)。そして、隣に座る友達はスカーレット・ヨハンソンではないものの、やはりブロンド。大人になっても友達に選ぶタイプは変わらないのか。などと想像が膨らむいい顔の出し方だった。バスを待っている変なおじいさんがいるのも同じだ。