外気

 しばらくぶりに徹夜をする。もう絶対に根を詰めたり煮詰まったりさせないよういくら心がけたところで、それは心がけでしかなく、実際にはどうしても悩んでしまい、おそらく誰も求めていないであろう細部にこだわって朝になってしまうのだ。このところ太陽が昇ってしまうと大変な暑さなので、ここで一度犬の散歩に行ってしまおうと思い、お腹を上に見せて寝息を立てている犬を叩き起こす。外へ出るとまだ涼しい。ふとマスクを外してみる。ダース・ヴェイダーではないので、別にマスクを外した途端に死ぬわけではない。なるべく着け、平気そうなら外すという判断を各自ができればそれでいい話だろうと思う。それでも、外出時は必ず着けるようにしていたので(元来ぼくは出かけたままの状態を切り替えることが苦手で、途中で暑かったら上着を脱ぐとか、寒くなったら着るとかいうのができないから、マスクも器用に扱えないだろう)、外にいながら鼻から口を覆っていないというのは変な感じで、ちょっといけないことをしている気にさえなる。たかだか数ヶ月でこんな感覚になろうとは、数年続いたら一体どうなるだろう。

 夏の早朝特有の湿った草木のような匂いがした。外の空気とはずいぶんいろいろな匂いが混ざっているなと改めて思う。なんだか強烈な感じさえして、自分はずっと室内やマスクを通した薄い空気で生きていたのではないかと不安になる。

 まだ人も車も来ないので、道にたくさんのムクドリがいる。前にも書いたようにこのあたりはとにかくムクドリが多い。カラスやスズメなどより頻繁に見かける。そして近寄ってもなかなか逃げない。大きくはないとは言え近づいても逃げない鳥というのは少し怖い。

 いつも散歩しない時間帯を歩くと、普段は見たこともないような大きな犬がいたりする。公園(と言っても田舎の同級生の家の庭ほどもない広さだが)ではおばさんがひとり太極拳のようなジェスチャーをやっている。太陽はまだ低いところをオレンジ色ににぶく光っているが、あれがあと数時間もすれば殺人的な光線を放つようになる。そうなる前に運動や犬の散歩を済ませようというひとがわりといて、狭い道を行ったり来たりしている。ぼくは目の奥がキリキリした。

 ぐるっと歩いてきて気分転換になっただろう、そうあって欲しいと願っていたが、帰ってきて犬の足を洗って、ソーダストリームで作った炭酸水を飲んでから再び机に向かうと、大して頭はすっきりしておらず、出かける前と同じ箇所を引き続き描いては消し描いては消しするのだった。