すっかりブログの更新ができていなかったけど、2026年は少しペースを取り戻したい。じっくり考えたり書いたりしたいことはいろいろあるのだ。
2025年はスター・ウォーズ・セレブレーションが開催されて、普段より一層SW熱が高い一年だった。自分では珍しいことにイベントで知人も増えたため、いろいろとつながりも出来た。おかげで4月のセレブレーションの際には準備不足や知識不足で出来なかった本格的なフルコスチュームというのを、12月の東京コミコンで体験することができ(これについてさえまだブログにまとめられていない)、そう考えれば始めから終いまでセレブレーションな一年だったと思う。あまり柄にないことを言うかもしれないけど、独力ではやはり限界があって、ひとの力というのは借りるべきなんだなあと感じた。逆に自分ひとりで取り組んだ場合の限界、自分に出来て出来ないことの境目がわかったから、自分で出来る範囲というのを見極められるようになったと思う。これはなにをするにしても目安として役にたつのではないか。
とにかく、自分の外にあるファンダムというものと一定の距離を保ってきたが、一旦踏み出してみるとなにも恐れることはなかった。自分が好きな側面を否定されるかもしれないという根拠のない漠然とした不安は、きっと自分自身がひとの好みを許容できないことの裏返しなのではないかと思い至りもし、回路が繋がってはっと答えを見つけると居ても立ってもいられないような、恥ずかしい気持ちになったものだ。そして、大勢がそれぞれ持つSW観の全てが等しく正しいのだということが、言葉ではなく感覚で悟れたのは、セレブレーションの会場の力だ。あの力場を感じなければ達することのできなかった理解ではないかと思う。冷静に考えてみれば当然のことなのだが、自分自身の肌で感じなければ芯の部分で理解できないというものはある。
知り合ったひとの中には、ずっと前からぼくのことをフォローして、イラストを見てくれていたひともいる。あるときから必要以上の情報を目に入れないように努めてきて、それは今のインターネットで自分の精神を守るためにも必要な処方だったのだが、結局のところ視野は狭まってしまう。ぼくが少しでも周りを見渡していれば、もっと前から良好な関係を築けたひとは何人もいたのかもしれない。でも、遅すぎるということはないはずだ。セレブレーションのフォースが全てのきっかけを与えた。それで十分ではないか。これが正しいきっかけで、正しいタイミングなのだ。
知り合ったのは驚くほど良い人たちというか、愛のあるひとたちばかりで、山から降りてきた怪物たるぼくは戸惑いさえするのだが、その戸惑いこそぼくの欠点かもしれない。お近づきになったからには、怒らせはしまいか、信用を損ねはしまいか、嫌われはしないだろうかと怯えたりもするわけだが、それこそ失礼なことだと理解しなければならない。嫌われることを恐れるのは、相手のためでなく自分のためでしかない。全てはぼくの態度次第だ。
そんなわけで、怪物はたくさんのひとと接することになり、SWAGやコスプレ、さらにはおもちゃのカスタムまで、たくさんの影響を受けることになった。ここまでひとから刺激を受けたのは学生の頃以来だろう。自分にとってのSWと創作の新たな起点となった一年だった。出来そうなことが少しずつ輪郭を伴って浮かんできたときのこの感覚、これが一番楽しい。