もっと読み取れるはず

 ひとの映画の感想は気にしないようにしているのだが(嘘、超気にする)、自分がある程度ストーリーやテーマ性みたいなものを読み取れた作品を、あまり読み取らなかったひとが「これは話より映像を観る映画」とか「主演のひとのPV」というような表現をして、そのひとが自分でそう思うのは別にいいにしても、その見方が広められてしまうのはどうにも歯痒い。まだ観ていないひともその予断を持ってしまうのは危うい気がするのだ。宣伝や評判がある以上予断を一切持たないのは無理かもしれないけれど、それでも「これはこういうものだ」と断じてしまうのはよくないと思う。

 「感想は人それぞれ」とか「正解はない」というようなこともよく言われるが、それはそうであると同時にどこか雑な片付け方のような印象も否めない。ひとがなんらかの意図をもって作ったからにはそこにはきっと正解と呼べるものがあるのではないか。正解という言葉が強すぎるのであれば、作ったひとの思うもの、考えていること。それをどう受け取るのかはぼくたち次第ではあるけれど、咀嚼することを放棄してしまうような断じ方はやはり誠実ではないと思う。はっきり言って「正解はない」という言い方はどこかずるく感じる。

 全員が全員同じ感想は持つ必要は当然ないし、全員が同じ解像度で作品を読み取る必要もないと思うが(というかできないと思う)、それなら尚更自分の印象を普遍的なものと思いこんだり、そのように書くべきではないのだろう。それはぼく自身も気をつけたほうがいい(そのせいでやたらと語尾が「…と思う」みたいになって歯切れが悪いのだが)。ぼくはと言えば、無理に掘り下げてなにかを言おうとしてしまいがちなので、もう少し率直な言葉を選びたいところだ。考えることはやめたくない。