vol.2 『お嬢さん』
(2016年、パク・チャヌク監督)

 原作はウェールズの作家によるヴィクトリア朝イギリスが舞台の物語なのだそう。莫大な遺産を相続する令嬢を結婚詐欺にかけるという詐欺師仲間の計画に乗ったスーザンは、侍女を装ってその屋敷に潜り込むが、騙すはずのお嬢様にだんだん情が移り……という筋書きはそのままに、舞台を日本統治時代の朝鮮半島に置き換えている。スーザンはスッキという少女に、令嬢は華族の秀子、彼女の後見人である叔父は朝鮮人でありながら日本人の貴族になろうとする書物蒐集家、という具合。

 原作の様子を知ってからだと、そのアレンジのおもしろさが際立ってくる。特に和洋折衷の屋敷の存在感はかなり印象的だし、支配者とその文化に憧れるあまり日本人そのものになろうとする叔父・上月の設定も興味深い。パク・チャヌク監督によれば、上月のような上流階級や知識層の一部が支配側に対して抱いていた憧れや信奉が、終戦によって今度はアメリカへと移っていったというような「人間の内面における植民地支配という課題」も重要なテーマであり、上月の建てた和洋折衷の屋敷はそれを象徴しているのだとか。令嬢と侍女の物語という原作と同じ主軸なのに、そういう別の世界観で肉付けすることで、独自の作品になっているところが良い。脚色やアレンジの可能性は底知れないなあ。
 もちろんそこにはヴィジュアル・センスも欠かせないと思う。ベタな仰々しさすらかっこいい。病院とガスマスクという組み合わせをこんなに自然にセンス良く描けるなんて。ああいうのは展開上自然に、わざとらしくしないところが大事なのかもしれない。

 ともあれ原作の「荊の城」、一度読んでみたいな。それからBBCのドラマ版も観ておきたい。スッキに当たる主人公スーザン役がサリー・ホーキンスというのだから気になる。

 よく言われている劇中の日本語について擁護しておくと、確かに学芸会っぽくて、ところどころ聞き取りづらいというか、明らかに書き言葉でしかない台詞が語られたりするので字面がまったく思い浮かべられなかったりするのだけれど(ぼくの頭の問題か)、人物たちの設定を考えれば、かえってたどたどしいながらも一生懸命日本語を話している、という様子が相応しいのではないだろうか。同じ国の人同士なのに外国語で会話しているという様もまた、チャヌク監督が言う「内面における植民地支配」を象徴していると思う。ヴィジュアルも相まって独特な持ち味になっていていいんじゃないかなあ。

 いずれにせよ外から描かれる「日本」はやっぱりぼくには魅力的だ。日本人には決して描くことのできない日本像がそこにはあるし、外国のひとの目を通して見ることに意義があるんじゃないかなとすら思う。

(2017年3月8日)