22 :「サリンジャーと過ごした日々」
(ジョアンナ・ラコフ著/井上里訳/柏書房)

 村上春樹新訳で「フラニー・ズーイ」を読んだすぐ後だったので、「サリンジャーと過ごした日々」に手が伸びるのはごく自然なこと。とは言えそこまでサリンジャー世界に入り込めていないし、熱にかかっていないので、どちらかと言えばサリンジャーを未読なまま出版エージェンシーで働き始めたジョアンナと同じような目線に立って読むことができたのではないかと思う。ジョアンナはサリンジャー宛のファン・レターを、やや他人事に、けれど書き手の熱意に圧倒され、だんだんとサリンジャーとその作品に惹かれ始める。大量のファン・レターによってサリンジャーの魅力的な輪郭が浮かんでくるかのようで、「そんなに良いものなのか!もっと読もう」とこちらも思ってしまう。

 ニューヨークで働く女の子が主人公ということで、「プラダを着た悪魔」に通じるようなところもある。「101匹わんちゃん」の悪女クルエラさながらに、歩いたあとに紫煙を漂わせて行く”ボス”は、ミランダほどおっかなくないのだけれど、ジョアンナの奮闘していく姿はアンドレアのそれと重なるはず。

 鉄道マニアだから鉄道会社の仕事ができる、文学好きだから書店員が務まるとは必ずしも言えない。ジョアンナはもとからサリンジャーの熱心な読者ではなかったおかげで、良い仕事ができたんじゃないかなと思ったりもする。熱心な読者ではなかったからこそ、いつの間にかサリンジャーにとても近いところにいることになったり。もちろん熱心なことがいけないわけじゃないけれど、そのおかげで彼女が自分の仕事に集中できたことは確かだと思う。

 「サリンジャーと過ごした日々」は働く女子のダイアリーであり、ジョアンナの自伝であり、サリンジャーに関するレポートであり、そうしてまた一つの時代の終わりも描いているように思う。ジョアンナが務めた、そして彼女とサリンジャーを結びつけた老舗出版エージェンシーは、21世紀を目前にした90年代末、最後までコンピューター化に抵抗してタイプライターとディクタフォン、紙によるメモといったスタイルを貫いていた。なんでも電子化された今の時代から見ると、そのレトロさ(と言ってしまうのもなんだか安直だけれど)に少々惹かれてしまう。けれどそのスタイルもだんだん続けられなくなってしまうんだろうな。

(2015年4月12日)