37: 『スター・ウォーズ:フォースの覚醒』
(2015年、J・J・エイブラムス監督)

 公開直後に書いた草稿は思いの丈をこれでもかというくらいに詰め込みずいぶん長ったらしいものになってしまったのだけれど、あのボリューム感はイラスト記事には不向きだということがわかったので、一枚におさめることで落ち着いた。長ければいいというものでもないんだね、反省反省。 

 公開から1ヶ月、ぼくはまだ3度しか劇場に足を運んでいないので、もっと観ているひとに比べると細いところを観られていないのかもしれないけれど、ぼくのテンションにとってはわりと丁度良い回数。一回一回を大事にしたいしね。やはり1度目、2度目、3度目で気づいたことや見方が変わったところもいくつかあるし、時間が経てば経つほど別の感想や考えが湧いてくるのが大変厄介なのだけれど、何度観ても変わらないのはぼくはこの作品好きだなあということ。これに尽きる。

 観れば観るほどその造形に惹かれていくのはやはり新キャラクター。これを書いている今のぼくは初回のときに比べてかなり主人公レイの人物造形が好きになっていて、これほどSWの主人公が好きになるのは初めてかも。特にぼくは廃品漁りのときの覆面にゴーグルを着けてボロボロのバッグを提げた姿がお気に入り。これは奴隷姿のアナキンや農夫姿のルークにはなかった魅力だと思う。独りで、自分の力で生き抜いているんだなということが伝わって来るサバイバル的スタイルだ。

 悪役カイロ・レンは初見ですでにその新しさにやられていたわけだけれど、やはり回数を重ねるごとにどんどん好きになっていく。というより彼のことが他人事に思えないんだよ。別にぼくはあんな伝説的な血統の生まれじゃないんだけれど、ただ彼のメンタル面の不安定さには非常に共感するところがある。頭に来ると物に当たるところとか、ぼくにもある。大事なものを壊しちゃうこともあったから、最近はようやく抑えが効いてきているんだけれど。ヒステリー起こすのは子供の頃からだったから、カイロ・レンの子供じみた苛立ちはぼくの中にある深いところに結びついてくる。だから他人事ではないし、「なんだこのしょぼい悪役は」などと馬鹿にして片付けることもできない。ひとによっては(特に男子は)彼の姿を見て自分の欠点を見せられているかのような気がして居心地が悪くなるかもしれない。ぼくもそうなってもおかしくないのだけれど、ぼくの場合はこんなにイカした悪役と共通点があって超うれしいってなるわけだ。 

 劇場での鑑賞を終えるごとに増していく新キャラクターへの想い。これは意外にも作品全体のつくりを理解する手伝いをしてくれた。「フォースの覚醒」はこの新しいキャラクターたちを見せるための作品なのだと思う。初見のときにやや不満だったメカニックやエイリアンのデザイン、あれらが無難なところに落ち着いている印象を受けたのも、新キャラを際立たせるためではないだろうかと思える。もっと言えば、デザインでの実験や、誰も見たことがない景色をつくることよりも、誰も見たことがないSWをつくることに徹した結果ではないだろうか。ミレニアム・ファルコンが砂漠の地面に船体をこすりながら、砂埃を巻き上げて飛ぶ姿や、湖の上を水しぶきを上げなら飛んでいくXウィングなど、ぼくたちのよく知るメカがそれまで見たことのない動きをするというところに、今作の試みが見られるのだ。倒れた仲間に駆け寄るストームトルーパーの姿などもそう。もはやひとつのアイコンであるからこそ、そのアイコンが今まで見せたことのない動きをしているのが「新鮮」なのだ。よく見慣れたおなじみの世界の中でおなじみのアイテムを使って、新しいキャラクターたちが思う存分動き回っている印象だ。

(2016年1月24日)